プロフィール

50代・60代のあなたを応援

Lucky Factory 代表 田中まど香
ライフストーリーデザイナー

Lucky Factory 代表 田中まど香 /ライフストーリーデザイナー  

講師のまど香の笑顔の写真

はじめまして。田中まど香です。 数あるホームページの中から、ここに辿り着いてくださり、本当にありがとうございます。

私は今、50代・60代の女性を中心に「やさしいホームページの作り方」をお教えしています。でも、私が本当にお伝えしたいのは、パソコンの操作方法だけではありません。

あなたがこれまで歩んできた、決して平坦ではなかったはずの「人生の物語」。それを、世界にたった一つの「自分のお店(ホームページ)」という形にして、これからの人生を自分らしく、ワクワクしながら歩んでいくためのお手伝いをしたい。そう願っています。

なぜ私が、これほどまでに「人の心」や「寄り添うこと」を大切にしているのか。 少し長くなりますが、私の人生の歩みをお話しさせてください。

プロフィール&ヒストリー

22歳、絶望の中で知った「今、この瞬間を生きる」

私の人生は、いつも「想定外」の連続でした。

最初の大きな試練は22歳の時。夫が交通事故で意識不明になり、集中治療室に運ばれ「助かっても植物状態の可能性が高い」――そう告げられた時、私は長男を身ごもった臨月の妊婦。

毎日、涙が止まらない中での出産。同室には色んな方のご主人が面会、もちろん夫の面会はなく。その当たり前がどれほど悲しいか。しかし息子の誕生は、暗闇の中に差し込んだ唯一の光でした。

その後、夫は奇跡的に目を覚ましましたが、彼は「結婚していたこと」すら覚えていない「記憶喪失」になっていたのです。

「過去が思い出せないなら、これからの毎日を新しい思い出にしていこう」 そう腹をくくって歩み出したあの日、私は22歳という若さで「死は年齢に関係なく訪れる。だから、今この瞬間を後悔なく生きよう」そう強く思ったのです。

古いアルバムを見ている女性

26歳、当たり前の幸せこそ「奇跡」

次に訪れたのは、長女の命の危機でした。

生まれつきの重度心臓病。ICUのガラス越しに、小さな体にたくさんの管がつながれた我が子を見守る日々。「神様、私が何をしたんでしょう」「逆に、私が何をしなかったんでしょう…」神様にそう聞きました。

絶望の淵にいた私を救ってくれたのは、1歳半で受けた手術の成功と、その後の娘の強さと、たくましい成長でした。

この経験が、私に「ごく当たり前の日常こそが、何よりの奇跡であり、最高の幸せ」ということを教えてくれました。

笑顔で会話する40代と20代親子

43歳、8年間の暗闇から抜けた「自分の力」

順風満帆に見える時期もありましたが、43歳の時、突然パニック障害に襲われたあの日。

大好きだった外出ができなくなり、死を考えるほど追い詰められた日々。病院の対応に傷つき、薬の依存の怖さもあり「自分の力で治す」そう決めて、完治した人のブログを読み、独学で心理学や哲学を必死で学び続けました。

完治までには8年という長い時間がかかりましたが、それによって自力で内面を変える事ができたのです。自己肯定感の低さや「~すべき」という考え方を変えたことで「まぁいっか、なんとかなるさ!」と。

以前よりもずっと強く、失敗を恐れない自分に変わる事ができました。

ノートを開いて前向きに何かを考えている50代女性

血のつながりより、深い愛

私の価値観の根底には、もう一つ大切な真実があります。

18歳の時、偶然手にした戸籍で、大好きだった祖母と私の母に血のつながりがないことを知りました。最初はショックで泣き崩れましたが、あるとき気づいたのです。

「血がつながっていなくても、おばあちゃんは私たちをこんなにも愛してくれた。愛は血縁を超えるんだ」「人を想い愛することに、血のつながりは関係ない」と。

だからこそ私は、目の前の人が誰であっても、過去に何があっても、偏見を持たず、大きな愛を持って接したい。「損得ではなく、心で動く」それが私の生きる基準になっています。

なぜ、今「ホームページ」を教えているのか

私は長い間、パート主婦として家族を優先に生きてきました。 50代になり、「私の人生、やり残したことはないかな?」と自分に問いかけた時、最初の起業は「生前整理アドバイザー」という仕事でした。

「これなら需要がありそう、稼げるかもしれない」。 そんな打算で始めた活動のために、必死でホームページを自作しました。でも、なぜか心が踊りません。申し込みも入りませんでした。 なぜなら、そこには私の「愛」も「魂」も込めていなかったからです。

その時「私が一番夢中になっていたのは、ホームページをデザインている時間、難しい設定を自分で調べ解決する瞬間だった!」そんな事に気づいたのです。

そこからは無我夢中でした。 パソコンを触るのが楽しくて、デザインを考えるのが心地よくて。 「好きや得意を仕事にするって、こんなに楽しい!後からお金はついてくるものなんだ」 その実感を、かつての私のように「自分には何もない」と悩んでいる同世代の女性に伝えたい。そう思って、この教室を立ち上げました。

歩いている女性の後ろ姿

伴走者として、あなたに伝えたいこと

ホームページは、単なる技術で作るものではありません。 「本当にやりたいことは何?」「あなたらしさって、どこにある?」 会話を通じて、あなたの心の中に眠っている宝石を一緒に探し出し、それを「ホームページ」という宝箱に収めていく作業です。

「もう50代だから」「パソコンが苦手だから」 そんな言葉で、あなたの可能性に蓋をしないでください。 これまでの人生で培ってきた経験、優しさ、そして痛みさえも、すべてあなたの強みになります。

かつてパート主婦だった私が、50代で自分の人生を自分らしく彩り始めたように。 今度は私が、あなたの隣を歩き、優しく背中を押す「伴走者」になります。

失敗しても大丈夫。回り道しても大丈夫。 一緒に笑いながら、あなたの「やりたい!」を形にしていきませんか?

あなたの人生が、もっと輝き出すその瞬間を、心から楽しみにしています。

ピンク色のサンキューカード

ちょっとユーモアを交えつつ、
これまでの人生をゆるっとご紹介します♪

📚 生まれ育ち

1967年東京都墨田区でぽっちゃり長女として誕生
小学生時代肥満児なのに、お肉が大嫌い
小学生時代体重70kgオーバー。体育が得意で、ユーモアと友人の多い青春時代

💼 社会人になってから

社会人営業事務に。制服がきつすぎて、お腹をひっこめて着用 → 結果10kg減
1988年オーストラリアへワーキングホリデー
1989年結婚と出産。夫が事故で意識不明・記憶喪失。その2週間後、長男誕生
1990年「関口宏のクイズ100人に聞きました」出場経験(笑)
1993年長女誕生(超重度の心臓病)。幼児期に心臓手術
1995年墨田区から越谷市へ引っ越し
2001年息子から「お母さんっておデブちゃんだよね」の一言でダイエット決意 → 18kg減量成功!

🌱 転機と挑戦

2010年パニック障害発症、生活が一変
2011年「越谷の肝っ玉母さん京塚昌子」として、ランドセル5個寄付
2017年7年かけ、パニック障害を自力克服
2019年生前整理アドバイザーとして活動
2020年本田晃一さんの「マイグレートメンター」第1期認定講師
2022年HPの作り方を教える講師として「好き」「得意」を仕事に
2024年本田晃一さんの「マイグレートメンター」公式HPをサポート中

🎯今と、これから

起業、HPが欲しい、一歩を踏み出せない。そんな50代・60代の女性の“はじめの一歩”を応援中
「じぶんの取扱説明書」メンタルサポートやコーチングもスタート
難病の子どもや養護施設への寄付先や額をもっと増やしたい
養護施設を出る子にWebスキルを教えたい

本田晃一さんの夢は「多くの旦那(与えられる人)を育てること」。自分が自分のメンターになる、そんな価値観を学び、私もハッピーマインドで日々生きています。現在私は、本田さんのマイグレートメンター認定講師サイト運営もサポートさせていただいております。

資保有資格

・Webマスターコース
・Webスタンダードコース
・ペン字検定準1級
・日商珠算検定1級
・日商簿記検定2級

社会貢献活動

売上の一部を「こどものホスピスプロジェクト」へ寄付しています。病気の子どもとその家族に、少しでもあたたかい時間を。活動に共感いただける方はぜひ一緒に応援してください。

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公益社団法人
こどものホスピスプロジェクト
生命を脅かす病気の子どもとその家族に寄り添う“やさしい社会”をつくりたい。TSURUMIこどもホスピスは、医療や福祉の制度から独立した、日本ではじめてのコミュニティ型こどもホスピスです。

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